敗者から見た「鎌倉殿の13人」文武両道に優れた公達、誰もがその死を惜しんだ平忠度とは?【後編】 (3/5ページ)

Japaaan

平忠度の歴史上稀にみる見事な最期

一ノ谷に散った平忠度。(写真:Wikipedia)

一ノ谷の戦いで、平忠度も最期を迎えます。味方が崩壊していく中、忠度は敗走する兵を百騎ばかり統率して、西に退路を見出し、戦線からの脱出を図りました。

明石で船を得て屋島に向かおうとの考えであったようです。そうしている間にも、源氏の兵は膨れ上がり、忠度勢に波状攻撃を加えてきます。

忠度は慌てずに指揮し、敵の攻撃を巧みにいなしながら明石を目指しますが、この様子を遠くから見ていた者がいました。

武蔵七党の一つ猪俣党の岡部忠純です。忠純は一隊を率いて追いつき、忠度に声を掛けました。

忠純:いったい貴方はいかなる人でいらっしゃるのか。名をお名乗りください。

忠度:我らは貴公同様、源氏の者だ。

しかし、不審に思った忠純は、忠度の兜の中を覗き込みます。するとそこには源氏の武者には風習がないお歯黒で歯を黒く染めている顔があったのです。

そして、よく見ると紺地の錦の直垂に黒糸おどしの鎧を着て、黒毛の太く逞しい馬に、漆塗りの上に金粉をふりかけた鞍を置いて乗っています。

忠純は平氏の身分ある武者に違いないと考え、馬を寄せるや否や組み付きました。これを見て、忠度の周りにいた兵たちは蜘蛛の子を散らすように方々に逃げ去ってしまったのです。

忠度:憎い奴だな。

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