敗者から見た「鎌倉殿の13人」文武両道に優れた公達、誰もがその死を惜しんだ平忠度とは?【後編】 (4/5ページ)
味方だと言ったのだから、味方だと思えばよかったのだ。
忠度は素早く太刀を抜くと、組み付いている忠純を二刀打ち据えます。忠純がたまらず落馬したところを、馬上から三刀にわたり突きました。
忠度は薄手だと悟ると、馬から飛び降り、首を掻こうと忠純を組み伏せます。
そこに、忠純の郎党が駆け寄り、背後から太刀で忠度の右の腕を肘のもとから斬り落としたのです。
深手を負いながらも忠純を押さえつけていた忠度ですが、今はこれまでと悟ると、左手一本で忠純の身体を2m以上投げ捨てました。
忠度:念仏を唱えるゆえ、暫し待て!
忠度は、西に向かい正座すると静かに十念(念仏)を唱えました。忠純は、それが終わるや否や、太刀を振りかざし、後ろから忠度の首を刎ねたのです。
討ち取ったものの、相手が誰だかわからない忠純は忠度の遺体を検めました。
ふと、箙(えびら)に目を移すと、文が結び付けられています。文を解いてみると、「旅宿の花」という題で一首の歌がしたためられていました。
行(ゆき)くれて 木(こ)の下かげを やどとせば 花やこよいひの あるじならまし 「忠度」
これを見て初めて忠度と判ったのです。喜び勇んだ忠純は、忠度の首を太刀の先に貫き、高く差し上げ名乗りをあげました。
忠純:日頃名高い平家の御方である薩摩守殿を、岡部六野太忠純が討ちたてまつったぞ。
なんと、お気の毒なことだ。武芸にも歌道にも達者でいらっしゃった人を。惜しむべき大将軍を失ったとは。
これを聞いた者たちは源氏・平氏を問わず皆涙を流し、袖を濡らさぬ人はなかったといいます。