なぜ熊野詣に後白河法皇・後鳥羽上皇ら時の権力者たちは夢中になったのか?そもそも熊野詣ってなに?【その1】 (3/3ページ)
仏教の振興に力を尽くした聖武天皇(写真:Wikipedia)
平安時代になると、末法思想が広がります。この思想は、お釈迦様が亡くなって1,500年目に「仏教の教えが消滅する世」が訪れるというものです。
この時代には、藤原氏の摂関政治が隆盛を極まる中で、貴族に変わるべく新しい勢力の武士が台頭し、世の中が乱れる動乱期に入っていきます。このような世情に、天皇や貴族だけでなく、民衆の不安も増していきました。
武士として関東で反乱を起こした平将門(写真:Wikipedia)
こうした時期に、「浄土」があるとされる神聖な熊野を詣でると、「来世の安泰」が得られるという信仰が広まり、熊野三山への参詣が増えていったのです。
【その1】はここまで。熊野詣が盛んになった経緯を述べてきました。
【その2】では、上皇たちを夢中にさせた熊野三山とは何かを紹介しましょう。
◎参考文献
『世界遺産 熊野古道 ~とっておきの聖地巡礼 歩いて楽しむ南紀の旅~』 メイツユニバーサルコンテンツ刊・伊勢・熊野巡礼部著(編集・執筆:高野晃彰)]
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