なぜ熊野詣に後白河法皇・後鳥羽上皇ら時の権力者たちは夢中になったのか?そもそも熊野詣ってなに?【その1】 (2/3ページ)
「熊野三山」がある紀伊山地は、紀伊半島の大半を占め、その中央には標高1,000~2,000m級の高く険しい山々が連なり、年間3000mmを超える豊かな雨の恩恵で、深い森林に覆われています。そのため、今も昔も、普通の人がおいそれと入っていけるような地形ではありません。
こうした地理的な条件から、紀伊山地は神話の時代から、神々が鎮まる聖地とされてきました。「国生み」の神様イザナミノミコトの墳墓と伝わる場所が熊野にあることや、神武天皇が熊野を通って大和に入ったという伝承も、大昔からこの地が特別な土地であったと考えられていた証でもあるのです。
仏教の普及とともに増えた熊野詣
奈良時代に仏教が盛んになると、紀伊山地の山々は阿弥陀仏や観音菩薩がいらっしゃる「浄土」に見立てられます。そして、僧侶や修験者が神聖な修行を行う場と考えられるようになりました。