実は子だくさん!汚れ役もいとわない愚直すぎる武将・梶原景時の息子たち・後編【鎌倉殿の13人】 (3/6ページ)
※『吾妻鏡』正治2年(1200年)1月20日条
晴れ。辰の刻限(午前8:00ごろ)に鎌倉へ原三郎宗房(はら さぶろうむねふさ)からの伝令が到着します。
「梶原一族が昨晩丑の刻(午前2:00ごろ)、寒川の館を出て西へ向かいました。これは謀反のための上洛と思われます」
景時はかねてより寒川の館について堀や土塁を築くなど防護を固めていたため、立て籠もって戦うつもりかと疑っていたところ、防ぎ切れまいと見て逃げ出したのでしょう。
そこで北条時政(演:坂東彌十郎)は大江広元(演:栗原英雄)や三善康信(演:小林隆)らと合議して景時の討伐を決定。
さっそく三浦平六兵衛尉義村(演:山本耕史)・比企右衛門尉能員(演:佐藤二朗)・糟谷藤太兵衛尉有季(かすや とうたひょうゑのじょうありすえ)・工藤小二郎行光(くどう こじろうゆきみつ)らの軍勢を派遣しました。
梶原一族の最期一方、寒川から西へ逃げに逃げてきた梶原一族は亥の刻(午後10:00ごろ)に駿河国清見関(現:静岡県静岡市)までやってきます。
すると、そこに居合わせた(弓射大会のために集まり、そろそろ酒宴を解散しようと思っていた)近郷の武士たちと遭遇。