なぜ熊野詣に後白河法皇・後鳥羽上皇ら時の権力者たちは夢中になったのか?そもそも熊野詣ってなに?【その2】 (5/6ページ)

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那智の滝 飛瀧神社

熊野那智大社の別宮、飛瀧神社(ひろうじんじゃ)のご神体として古くから畏敬を集めてきた名瀑で、「一の滝」と称されます。那智の滝とは、那智山内の瀧篭修行の行場とされた48滝の総称でしたが、 今はこの「一の滝」を指します。

青岸渡寺開祖と伝えられる裸形上人 や花山法皇も二の滝の断崖上に庵を設けて、3 年間にわたる千日滝篭行をしたと伝えられています。「一の滝」は、落差 133m、滝壺の深さは10m と一段の滝としては、落差日本一で見る者を圧倒する迫力です。

那智の滝(写真:Wikipedia)

那智山 青岸渡寺

本尊の如意輪観世音像は、4 世紀にインドから那智に渡来した裸形上人が、那智滝の滝壺で見つけたといわれる観音様です。飛鳥時代には、推古天皇の勅願寺となり、丈六の本尊を安置し、その胎内に裸形上人が感得した如意輪観音を納めたと伝わります。

桃山時代の様式を今に伝える本堂後方には、那智の滝との調和が美しい三重塔が建ちます。

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