【三大法難その①】専修念仏をやめろ!?「元久の法難」で浄土宗と開祖・法然にふりかかった災難 (3/3ページ)
しかしその後、南都の興福寺でも法然の専修念仏の停止を求める訴えが起こり、朝廷へと訴状が送られます。
朝廷はこれに対して、一連の問題は法然の門弟達の浅智が原因であるとし、専修念仏の停止や法然の処罰までは行わないと決定しました。
この「元久の法難」では、朝廷の後鳥羽上皇は、浄土宗に対してまだ距離を置いていたようです。しかしその後、ついに上皇自ら浄土宗のあり方を断ずる措置が取られ、「建永の法難」へと続いていくことになります。
次回に続きます
参考資料
日本の歴史 解説音声つき 寺院センター 正法寺-shoboji日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan