ビートたけし超えも!有吉弘行の天下取りの秘密は、貧乏時代の仰天エピソードと「人を傷つけない毒舌」 (2/3ページ)
「6か月に及ぶ過酷なロケで、絶望しながら2人で野宿をする姿なども、視聴者の心を打ちましたね」(芸能ライター)
だが、日本中を席巻した猿岩石ブームはすぐに終わり、給料は一気にダウン。しまいには、給料ゼロのどん底状態に陥ってしまうのだ。
著書『お前なんかもう死んでいる プロ一発屋に学ぶ50の法則』(双葉社)には、当時の有吉の生き様が描かれている。
〈1日1食です。1日250円、全部スーパーの見切り品。あの頃、スーパーの見切り品がごちそうでした〉
お金と仕事がないため、こんなこともやっていた。
〈京王デパートに行くと「来店ポイント」が5ポイントもつくんですよ。その5ポイントをもらうために、毎日のように歩いて京王デパートまで行っては、5ポイントをもらって帰ってくる〉
■有吉弘行と上島竜兵との関係
そんな有吉といえば、5月10日に亡くなった上島竜兵さんを慕っていたが、〈竜さんと飲みにいけば、「タクシー代ください!」とか、もっとストレートに「2万円ください!」とか、そこはもう恥も外聞もなく小遣いせびってましたから〉と、地獄の極貧時代を支えてもらっていたようだ。
テレビ局関係者が語る。「有吉さんは本当に、ぜいたくをしない。再ブレイク後、年収は億を超えていたのに、愛車はしばらく、けっして高くないホンダのオデッセイでした」
以降も無駄遣いをしないスタンスは徹底しており、
「有吉さんを撮影するため、ホテルを用意したんです。ところが有吉さんは、“そんなことに高い金を使うのはアホらしい。俺は便所でも路上でも、どこでも着替えるから!”と言って、本当に狭いところで着替え始めたんです」(出版関係者)
売れてからも、偉ぶらない有吉の“人間力”が、再ブレイクの要因でもあるようだ。