えっ、あの人もこの人も松尾芭蕉も!? 歴史上の人物が実は忍者だった説 (1/3ページ)
今回は以前ご紹介した「江戸時代の貴重な忍術書に書かれていた変装術「七方出」や「忍者六道具」とはどんなもの?」に続いて、「歴史上有名な人物が実は忍者だったのでは?」という説をご紹介します。
江戸時代の貴重な忍術書に書かれていた変装術「七方出」や「忍者六道具」とはどんなもの? 伊賀の血を引く松尾芭蕉いわずとしれた俳諧の超・超・有名人ですよね。
芭蕉は実は伊賀国生まれで、父親は忍者と関係が深い無足人という名字帯刀を許された準士分の上層農民でした。
また、母親は伊賀の三大上忍の一人である「百地氏」の家系です。
その二人から生まれた芭蕉。
出自が伊賀だったこと、『奥の細道』で毎日40キロ近く歩く体力があったことや、全国をめぐる旅費が相当必要だったであることから、忍者説が生まれました。
確かに、『奥の細道』のために行脚した頃にはもう名を馳せて各地にパトロン的な存在がいたとしても、資金を工面するのは大変なことでしょう。
俳諧の天賦の才能がある芭蕉に、旅費を工面する代わりに各地の様子を報告するという話を幕府が持ち掛けたとしてもおかしくはありません。
