【三大法難その③】著作物を焼き捨てて墓まで暴く!?浄土宗三大法難のひとつ「嘉禄の法難」とは? (3/4ページ)
続いて天台宗の僧・定照(じょうしょう)が『弾選択(だんせんちゃく)』で念仏集を非難し、これに対して法然の門弟であった隆寛(りゅうかん)が『顕選択(けんせんちゃく)』を著して真っ向から対立しました。
すると、これに定照をはじめとする比叡山延暦寺の僧たちが怒り、法然の墓を暴いて遺骸を鴨川に流そうとします。
これは六波羅探題の介入によって逃れたものの、法然の遺骸は嵯峨に運ばれ、太秦の興隆寺に移されることになりました。
このことをきっかけに、延暦寺による専修念仏の排除はますます加速していくことになります。
流刑、焚書、そして…
まず、隆寛をはじめとする、空阿、幸西の浄土宗の僧3名の流刑が決まり、さらに五畿七道に専修念仏の停止が言い渡されたのです。
また、他にも多くの専修念仏に関わる僧が逮捕される事態になってしまいました。
延暦寺の僧達は『選択本願念仏集』の版木を集め、それを大講堂の前で焼却しました。