【三大法難その③】著作物を焼き捨てて墓まで暴く!?浄土宗三大法難のひとつ「嘉禄の法難」とは? (4/4ページ)
仏の道に反した悪書であるというのが、その理由でした。
一方、太秦広隆寺の法然の遺骸は、西山の粟生にいる幸阿の念仏三昧院に移されることになりました。
ここはのちに西山浄土宗総本山、光明寺となります。
そして法然の十七回忌でもあった安貞2年(1228年)1月25日、門弟達が念仏を唱える中、法然は荼毘に付されました。その遺骨は全国各地の念仏三昧院や知恩院に分骨されたといいます。
参考資料
日本の歴史 解説音声つき 新纂浄土宗大辞典日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan