野田秀樹の戯曲「パンドラの鐘」から考える死への向き合い方 (2/2ページ)
葬式や火葬に行くと死穢に染まるから穢れを家に持ち込まない、という考えから清めの塩を家に入る前に振る。
しかし、最近では仏教の本来の考え方により、「お清めの塩」を使わない葬式が増えている。特に「浄土真宗」や「真宗」は「誰でも浄土に行くことができる」という教えなので、清めるという行為は正しくないとされ、塩を振ったりしない。
■野田秀樹の戯曲『パンドラの鐘』でのワンシーン
野田秀樹の戯曲に『パンドラの鐘』という名作があり、葬式屋の「ミズヲ」と、まだ少女の女王「ヒメ女」との場面に以下のような会話がある。
ミズヲ:何故人は、死者をこんなに忌み嫌うんだ。ついこの間まで生きていて、話もし、笑ってもいた、まして知り合いが死んで化けて出てきたら「きゃあ」じゃなくて「やあ」じゃないのか。
ヒメ女:でも幽霊は足がなかったりするのよ。
ミズヲ:とすればそれは、足の不自由な幽霊だ。
ヒメ女:あたしが死んで、そんな姿で化けてでてきても、あなたは「やあ」と言ってくれる?
ミズヲ:言うよ。「やあ」でも「おお」でも「ナイストゥーミーチュー」。
ヒメ女:うわあー、ひさしぶりー。
ミズヲ:元気い?
ヒメ女:元気い。
ミズヲ:元気なんだあ。
ヒメ女:死んじゃってさあ。
ミズヲ:もっと化けて出て来いよ。
ヒメ女:……そんな気がしてきた。
ミズヲ:死者をお化けなんて呼んで、死者に悪意のある人間は、この世がやましいんだ。死者に恨みを買うような奴らなんだ。
ヒメ女:じゃあおまえは、大好きな人が死んだら、化けて出てくるのを心待ちにする?
ミズヲ:勿論、丑三つ時にローソクつけて墓場で待つ。
ヒメ女:そこまでするの?
ミズヲ:だって会いたいでしょ。
ヒメ女:誰に。
ミズヲ:その人に。
引用:「20世紀最後の戯曲集」野田秀樹著(新潮社)『パンドラの鐘』より
この舞台を見ていて、ハッとさせられた。「その通りだ」と思った。
「何故人は、死者をこんなに忌み嫌うんだ?」