「鎌倉殿の13人」ついに頼家の死、朝雅の活躍、実朝の花嫁選び…第33回放送「修善寺」予習 (2/5ページ)

Japaaan

性格はともかく、文武両道だったのかも(イメージ)

さすがは婿殿……北条時政(演:坂東彌十郎)とりく(演:宮沢りえ。牧の方)の満足顔が目に浮かびますが、そんな朝雅は畠山重保(はたけやま しげやす。六郎、畠山重忠の嫡男)と口論を起こします。

いったい何を揉めたのか、その内容は『吾妻鏡』に記されていないものの、とかく京都かぶれな朝雅のこと。恐らく「鎌倉幕府がどうあるべきか(朝廷の走狗か、武家政権の独立か)」などが争点となったのかも知れません。

大抵の創作ではそんな感じですが、あるいは朝雅が田舎者(坂東武者)の重保をバカにした可能性も考えられます。

このトラブルを恨んだりくが、畠山父子の粛清を企むのですが、それはもう少しだけ先の話し。

「期待の若武者」北条政範、京都で病死

さて、北条家待望の嫡男として一族(主に時政とりく)の期待を一身に集めてできあいされている北条政範(演:中川翼)。

しかし彼は元久元年(1204年)11月5日、いきなり死んでしまいます。実朝の正室となる坊門信清(ぼうもん のぶきよ)の娘を迎えにいくため、京都に滞在中でした。

子尅。從五位下行左馬權助平朝臣政範卒〔年十六。于時在京〕。

※『吾妻鏡』元久元年(1204年)11月5日条

【意訳】真夜中ごろ、北条政範が亡くなった。享年16歳、このとき京都に滞在していた。

愛する息子の死を知らせる飛脚が鎌倉に着いたのは11月13日。時政とりくがどれほど嘆き悲しんだことか、察するにあまりあります。

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