江戸時代の京都を守ったお城は二条城ではなく、2つの浄土宗寺院だったー2023年大河『どうする家康』こぼれ話【前編】 (3/4ページ)

Japaaan

二条城・二の丸庭園と二の丸御殿(写真:高野晃彰)

大政奉還の翌年、徳川氏排除を進める新政府と旧幕府の間で、鳥羽伏見の戦いが起こりました。

大政奉還の図(写真:Wikipedia)

二条城には、水戸藩や新選組など旧幕臣が続々と詰めかけます。しかし、旧幕府軍は戦いの本営を戦闘用に要塞化した大阪城に定めたため、彼らは留守部隊を残し、伏見方面へ移動。二条城を舞台とした戦闘は行われず、維新後は二条離宮となったのです。

「江戸時代の京都を守ったお城は二条城ではなく、2つの浄土宗寺院だったー2023年大河『どうする家康』こぼれ話【前編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、金戒光明寺浄土宗知恩院二条城カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る