武将・楠木正成はこうして「軍神」に!奇策が炸裂しまくりの千早城の戦い【前編】 (2/3ページ)
これに対して、幕府軍は鎌倉から20万の大軍を送り込んで総攻撃。さすがに持ちこたえられず、捕えられた後醍醐天皇は隠岐島へ配流となりました。
この倒幕計画は失敗に終わったと思われましたが、これに呼応して挙兵する者が現れます。楠木正成もそのうちの一人でした。
20万人対千人正成が挙兵して立てこもった千早城は、四方の殆どを深い谷に囲まれた天然の要塞でした。
正成は城に立てこもり敵の大軍を釘付けにしている間に、諸国の御家人や豪族たちが挙兵し倒幕への動きが広まるのを待つ作戦に出ます。
とはいえ、押し寄せてきた幕府軍は20万の大軍で、一方の楠木軍は総勢千人。圧倒的に不利な状況でした。
幕府軍の一部の兵は、この圧倒的な兵力差で総攻撃すればすぐに落ちると考え、先駆けの恩賞をもらおうと我先にと力攻めで攻め込みます。
しかし、待ち構えていた楠木軍は櫓からの落石攻撃を行い、さらに矢を射て幕府軍を撃退します。