あんみつは「みつ豆」の親戚だった!文明開化の申し子の甘味たち (2/3ページ)

Japaaan

この頃はミルクホールビアホールなども流行していたことから、舟和は「みつ豆ホール」という名称の喫茶店をオープン。インテリアにも凝った、高級感のあるお店でみつ豆を提供していました。

これが、みつ豆の起源です。それでは、ここから派生した「あんみつ」はどう生まれたのでしょう?

老舗「若松」のアイデア

あんみつの起源もはっきりしています。現在も銀座で営業している甘味処「若松」が提供を始めたのが最初です。

若松は明治27年に創業。もともとは上野で和菓子を売っていた森半次郎という人が、銀座でお汁粉屋をオープンさせたのが始まりでした。

そしてあんみつを開発したのは二代目で、昭和5年、お店自慢の自家製あんを活用できる食べ物はないかということで、みつ豆との組み合わせを思いついたのです。

あんみつ

みつ豆にあんこを乗せる「あんみつ」はこうして誕生し、あっという間に大評判となりました。

さらに、ただ評判になっただけではなく、あんみつという甘味を全国各地で食べられるようになったのも、この若松のおかげなのです。

どういうことかというと、あんみつは特許申請も可能だったのですが、若松は申請せずにオープンなものとし、どこの店が作ってもOKということにしました。そのおかげで、日本各地で誰でも作っていいことになったのです。

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