北条義時の意外な一面?承久の乱に臨んで見せたうろたえぶりを紹介【鎌倉殿の13人】 (2/4ページ)
於關東爲佳例歟。文治五年。故幕下將軍征藤泰衡之時。於奥州軍陣雷落訖。先規雖明故可有卜筮者。親職。泰貞。宣賢等。最吉之由同心占之云々。
承久3年(1221年)6月8日条
6月8日の20:00ごろ、義時の館に落雷があり、釜殿(かまどの、湯沸かし室)に勤めていた下男が一人打たれ亡くなってしまいました。
「何ということだ!」義時はこれが自分に対する天罰ではないかと震え上がってしまいます。
「大江殿を呼べ!」
さっそく呼ばれた大江広元(演:栗原英雄)は「どうされましたか?」と用件を訊きました。
「武州(泰時)を上洛させたのは、朝廷を傾ける者を討ってご政道をお正し申し上げんためである。それなのに今回の怪現象が起きたのは、天罰なのではなかろうか」
これを聞いた広元は、やさしく義時に教え諭したとか。
「よろしいか。人間の運命というものは、貴賤の一切を問わず、すべてお天道様がお決めなされています。雷が落ちたですと?……あのね、上洛した者たちは今も矢の雨を掻いくぐって戦っているのです。