白布をかぶって長刀で武装…「僧兵」とは何者だったのか?その由来と役割を探る (2/4ページ)
そこで諸国の寺院は僧侶や寺院の関係者に武器を与えて訓練を行い、武士のように戦えるように体制を整えたのです。これが僧兵の始まりです。
勢力を増す寺院もともと、寺院の統率力は非常に優れていました。
特に奈良の興福寺や東大寺・延暦寺・園城寺の僧兵の勢力はとても大きく、興福寺の僧兵は「奈良法師」延暦寺は「山法師」園城寺は「寺法師」という名称までつけられていたそうです。
当時は寺院同士の争いも多く、統率力が優れていたのはこうした背景もありました。寺院は大勢の僧兵を抱えて武装集団と化し、力が増せば増すほどまた争いごとも増えていくという悪循環の中にあったのです。
イメージ的には、冷戦時代のアメリカとロシア、あるいは暴力団の抗争をイメージするといいかも知れません。
特に、興福寺と東大寺の間では多くの争いが起きています。
例えば、一反の土地を巡って争った結果死者が出る騒ぎになったり、田楽の舞に難癖をつけたことがきっかけで興福寺の敷地内にあった塔が焼けてしまったりと、ほんの小さなきっかけから何度も大騒動が起きているのです。