一幡と善哉(公暁)だけじゃない!源頼家「第3の女」が産んだ栄実と禅暁【鎌倉殿の13人】 (2/4ページ)
元久元年(1204年)に父が暗殺され、尾張中務丞(おわり なかつかさのじょう)に養育されたと言います。
しかし建暦3年(1213年。建保元年)2月、泉親衡(いずみ ちかひら)によって謀叛の旗印に担がれ、捕らわれてしまいました。
まだ幼いため命だけは助けようと同年11月、祖母である尼御台・政子(演:小池栄子)の命令で出家。臨済宗の祖・栄西(えいさい/ようさい)に弟子入りして栄実(実は実朝からか)と改名します。
そのまま仏門に帰依して安らかに暮らすかと思ったら、建保2年(1214年)に和田義盛(演:横田栄司。前年に討死)の残党に担がれて六波羅襲撃を画策。返り討ちにあって自害したのでした。享年14歳。
ただし『尊卑分脈』などでは建保7年(1219年。承久元年)10月6日に自害したとされています。
禅暁(ぜんぎょう)禅暁は生年不詳。ただし同母兄とされる栄実が建仁元年(1201年)生まれで父の頼家が元久元年(1204年)に暗殺されているため、建仁2年(1202年)~元久元年(1204年)の間に生まれたと推定されます。
父の暗殺に伴い、出家して京都・仁和寺へ。母は三浦胤義(演:岸田タツヤ)と再婚しました。