打ち砕かれた松岡洋右の希望…有名なスローガン「満蒙(満州)は日本の生命線」の真意 (3/6ページ)
中国・瀋陽駅。「満州鉄道五大停車場」のひとつ「奉天駅」として1910年に完成した。
こうした状況の中で、1931(昭和6)年1月の帝国議会で「満蒙は日本の生命線」というスローガンを掲げて演説したのが、当時の野党である政友会の議員、松岡洋右(まつおか・ようすけ)でした。
この演説はとても長いので引用はできませんが、彼はかつて元満州鉄道の副総裁を務めたこともあり、このようなキャッチーなフレーズによって、再び人々の目を満州に向けさせたのです。
このスローガンは人々の間で広まり、「~は生命線」という流行語も生まれています。