戦国時代屈指の忍者集団「真田忍軍」!その活躍ぶりと武田信玄との関係とは?【後編】 (3/4ページ)
真田忍軍は真田昌幸へと引き継がれます。
出浦盛清は引き続き武田家に仕えていましたが、1582年に武田家が滅亡すると、新たに信濃の領主となり海津城に入った森長可に仕えるようになります。
所領を守るために…本能寺の変により長可が本拠地の美濃へ撤退すると、盛清は真田家に仕えるようになりました。
そして横谷幸重とともに真田忍軍の頭領となり、忍者の育成に貢献するなど、真田家の重要な戦力として活躍しました。
その後、真田家は本能寺の変の後の甲斐・信濃をめぐる徳川・北条・上杉の三つ巴の戦いに巻き込まれていきます。
しかし、忍軍から得られた情報を生かして、各大名の間を巧みに渡り歩き、所領を守り抜きました。
その後の小田原征伐でも、参加した真田家の武将の中には出浦盛清と横谷幸重の頭領2人の名前が記録されています。また、忍軍で実力者として活躍した唐沢玄蕃や割田重勝もそこに名を連ねています。