本能寺の変、織田信忠の自害…織田家の衰退がなかったらその後の「天下取り」はどうなった? (1/4ページ)

Japaaan

本能寺の変、織田信忠の自害…織田家の衰退がなかったらその後の「天下取り」はどうなった?

織田家が衰退した理由

本能寺の変で織田信長が討ち死にしたことで、その後の「天下取り」の流れはどのように変わっていったのでしょう。

織田信長(Wikipediaより)

「もし織田家が力を持ち続けていたら」という視点を交えて考察してみます。そもそも、1582年の本能寺の変で信長が亡くなっても、後継者がしっかりしていれば織田家は衰退しなかったでしょう。

ではなぜ衰退したのかというと、長男の織田信忠が自害したためです。彼は父の救出を試みたものの失敗し、二条城へ退却。そこで奮戦したものの、26年の生涯をそこで終えることになりました。

京都二条城二の丸御殿

その後、織田家の後継者を決めるための清洲会議が開かれました。

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