江戸時代の随筆「翁草(おきなぐさ)」に記されている人の生き死の話 (2/2ページ)

心に残る家族葬



■心中者

相対死のことを、世俗では「心中」と呼んでいる。昔はあまりうわさもなかったことである。泰平の世に乗って、世の人々が色欲と金銭欲がさかんになるにつれて、百年余以前からこのかた、この心中がひじょうにはやっている。

これにもいろんな種類があって、ある場合には邪いん、ある場合には金銭的な行きづまりなどもあるが、まずもって若気の無分別が多い。もしもかれらを、希望どおりに一緒に添わせてやったならば、必ずや一、二年のうちには、けんかすることになり別れ別れになるであろう。そのわけは、命を捨てるほどにおぼれるものは、また飽くことも速やかであろうからである。

このように浅い迷いだということにも気づかずに、もったいなくも命を失うのは、つまらないことである。

『翁草』を著した神沢杜口自身は八十六歳という当時にしてはかなりの長寿であった。しかしその生涯は健康とは遠く、多病であり、また早くに妻も亡くしている。健康と家庭に恵まれた障害では無かったが、神沢杜口は朗らかに生き、楽天主義を心に貫いていた。そんな杜口の辞世の句がある。

「辞世とは即ちまよひただ死なん」

自然に生きることを大切にして、死を前にしても欲や迷いや不安を出さずに受け入れる。なんと清々しい辞世の句であることだろうか。

■参考資料

■浮橋康彦 訳『翁草(上)』1980年6月 教育社
■浮橋康彦 訳『翁草(下)』1980年6月 教育社

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