「討つべきは上杉か石田か――!?」軍議「小山評定は史実か」最終結論 (4/4ページ)

日刊大衆

 ここでのポイントは、家康が「重ねて相談したい」という表現を使っていること。以前にも挙兵問題で相談したことがあるという前提だ。

 つまり、この二九日以前にどこかで諸将合同の評定があったことを前提にした内容だと考えられる。

 前述した通り、この他にも争点はいくつもあり、とてもすべてを紹介する行数はないものの、筆者の印象としては「小山評定はあった」という結論に至っている。

 ただし、「あった」としても、歴史ドラマで描かれるドラマティックな展開だったかどうかは疑問である。

跡部蛮(あとべ・ばん)1960年、大阪府生まれ。歴史作家、歴史研究家。佛教大学大学院博士後期課程修了。戦国時代を中心に日本史の幅広い時代をテーマに著述活動、講演活動を行う。主な著作に『信長は光秀に「本能寺で家康を討て!」と命じていた』『信長、秀吉、家康「捏造された歴史」』『明智光秀は二人いた!』(いずれも双葉社)などがある。
「「討つべきは上杉か石田か――!?」軍議「小山評定は史実か」最終結論」のページです。デイリーニュースオンラインは、どうする家康源頼朝徳川家康豊臣秀吉大河ドラママネーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る