加害者が過ちを認める 被害者が加害者を赦す 罪人への鎮魂と慰霊 (2/4ページ)
ところが一部の地元民から「税金でヤクザをもり立てるなどもってのほか」と、地域を上げての町おこしに反対の声が挙がった(2)。
■多くの人を殺した国定忠治
確かに忠治は多くの人間を殺害している。そのほとんどが大義の無い侠客同士の抗争である。民衆への施しがあれば人を殺してもいいのかと言われればその通りだが、エルサルバドルや近年の戦争犯罪のような連続性を持たない遠い時代の人である。江戸時代の浪曲講談の題材にもなっている「物語」の主人公に対してすら、現代のヤクザと重ねて嫌う人が出てきたのは時代というものか。人気の侠客、博徒といえば、清水次郎長や森の石松、木枯し紋次郎などが有名だが、彼らも反社会的勢力とされてしまうのだろうか。なんとも味気のない話ではある。
■紙一重
この論でいうなら戦国大名などはどうなるのか。彼らは皆、大量虐殺犯であり戦争犯罪人である。織田信長が、豊臣秀吉がどれだけの人間を殺してきたことか。坂本龍馬も現代なら反政府テロリストということになる。しかし信長や龍馬を殺人犯、テロリストなどと考える人はほとんどいない。国定忠治はヤクザという現代でも想像しやすい犯罪者につながるからだろうか。ヤクザというならシカゴではギャング王・アル・カポネ(1899〜1947)ゆかりの酒場が観光名所として賑わっている。カポネといえば「聖バレンタインデーの虐殺」をはじめ、多くの敵を葬ってきた。だが実際にカポネゆかりの酒場に行くなら、ニヒルでクールなギャング王を気取ってバーボンを一杯やるなどとやってしまいそうである。その感情は自然だと思うし「殺人犯」という事実とはまた別のものだろう。
■罪人への慰霊と鎮魂
国定忠治については記事にある「手打ち式」が興味深い。2007年に忠治の子孫と、忠治らと敵対して命を奪われた博徒らの子孫が、約170年ぶりに和解した。伊勢崎市や忠治の愛好会などが観光の話題作りにつなげるべく、それぞれの子孫に働きかけて実現したものである(3)。
■被害者が加害者を赦す
また、去年の9月12日、比叡山延暦寺で「比叡山焼き打ち」を行った織田信長軍も含めた犠牲者の慰霊法要が営まれた。