幻に終わった「協力内閣」…関東軍の侵略行為を許してしまった与野党の小競り合い (1/3ページ)
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政治
夢と潰えた協力内閣構想
満州事変が発生した当初、当時の与野党が協力してこれを抑えようという動きがありました。「協力内閣構想」が存在したのです。
しかしご存じの通り、関東軍の動きを止めることはできませんでした。「協力内閣構想」はなぜ実現しなかったのでしょうか?
協力内閣構想とは、文字通り与党と野党が協力して有事を乗り越えることです。当時の日本の与党は民政党。野党の立場にあったのが政友会です。
満州事変を企てている関東軍を放置すれば、これに共鳴して国内でもクーデターが起きるのは目に見えていました。
そこで、与野党が協力して関東軍を抑える必要があると考えた民政党は、政友会に協力を呼びかけます。「協力するなら首相のポストを明け渡す」という条件まで付けています。
民政党内で協力内閣に積極的だったのは、内務大臣の安達謙蔵と首相の若槻礼次郎でした。首相が賛成をしているくらいだから話はすぐにつきそうですが、しかし、この交渉は失敗に終わりました。その理由の一つに与党・民政党内での内輪揉めがありました。
協力内閣構想に反対していたのが、外務大臣の幣原喜重郎と大蔵大臣の井上準之助です。