幻に終わった「協力内閣」…関東軍の侵略行為を許してしまった与野党の小競り合い (2/3ページ)
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政治
幣原はロンドン海軍軍縮条約を結んだ人物であり、イギリスとアメリカの信頼を得ていました。そのため彼は、野党の力を借りずともこのまま国内の軍縮を進め、いざという時はアメリカの協力を得て関東軍の問題を解決できると考えていたのです。
ちなみに「アメリカの協力」とは経済制裁のことを指しますが、実際にはアメリカも自国の経済対策に追われていて、それどころではありませんでした。
野党・政友会と関東軍の反応はそれでも閣内での幣原の影響力は強く、多くの政治家を味方につけます。大蔵大臣の井上も、幣原の軍縮政策と自身の政策である緊縮財政の相性が良いため協力的でした。
こうして、閣内で協力内閣の賛成派と反対派が対立するようになります。最終的には、与党だけで解決できるなら……ということで、首相の若槻も協力内閣構想には消極的になったのでした。
では、もともと協力を呼びかけられていた野党の政友会はどうしていたのでしょう。首相のポストをちらつかせられていたこともあり、彼らは当初、この話に乗り気でした。
ただ問題は、こうした動向を関東軍もキャッチしていたことです。協力内閣構想そのものは「密談」ではなく、新聞で報道されるほどオープンな形で議論されていました。よって関東軍も「やばい」と感じていたのです。
その結果、関東軍の動きは鈍くなりました。