斎藤道三の娘にして織田信長の正室・濃姫の波乱と謎に満ちた生涯を追う【前編】 (3/4ページ)
しかし、和睦による平穏は長くは続きませんでした。翌1547(天文16)年、頼芸と濃姫の夫・頼純が、道三に対して挙兵しようと準備を始めたのです。
この動きを察知した道三は先手を打って大桑城を攻め落とします。頼芸は越前へ逃亡し、頼純は死亡。濃姫はわずか13歳で未亡人となり実家へ戻ることになりました。
そして2年後の15歳の時に、今度はひとつ年上である信長のもとへ嫁ぐことになります。
信長との関係にまつわる逸話当時の信長は、普段の奇抜な服装や素行の悪さなどもあり大うつけと評されていました。
そして、濃姫が信長の元へ嫁ぐ際、道三は濃姫に「信長が噂通りの大うつけであったなら、その短刀で刺し殺せ」と言い、短刀を渡します。尾張の国も我が物にできると考えたのです。
すると、それを聞いた濃姫は「わかりました。しかし、もしかしたらこの短刀で父上を刺すことになるかもしれません」と答えたとされています。