斎藤道三の娘にして織田信長の正室・濃姫の波乱と謎に満ちた生涯を追う【後編】 (4/4ページ)

Japaaan

また安土・総見寺所蔵の『織田家過去帳』によると、安土殿の戒名は「養華院殿要津妙玄大姉」とされており、そこには「慶長十七年壬子七月九日 信長公御台」と記載されています。

織田信長像&濃姫像

一般的に御台とは正室を指すことから、安土殿が濃姫だという説が最も有力と言えるでしょう。これが正解なら、濃姫は1612(慶長17)年、78歳まで生きたことになります。

時代に翻弄されたと言っても過言ではない人生を送った濃姫。その生涯は謎に包まれていますが、穏やかな余生を送ったと考えたいものです。

参考資料
刀剣ワールド
和樂web

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「斎藤道三の娘にして織田信長の正室・濃姫の波乱と謎に満ちた生涯を追う【後編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、胡蝶帰蝶濃姫戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る