斎藤道三の娘にして織田信長の正室・濃姫の波乱と謎に満ちた生涯を追う【後編】 (1/4ページ)
斎藤道三の最期
【前編】では、濃姫が織田信長に嫁ぐまでの経緯を説明しました。
斎藤道三の娘にして織田信長の正室・濃姫の波乱と謎に満ちた生涯を追う【前編】信長と濃姫の夫婦仲自体は悪くなかったようで、信長は何人か側室がいたものの濃姫を大切にしていたようです。
また、2人の間には子供はできませんでしたが、通説によると側室・生駒吉乃が産んだ信忠を、濃姫は嫡男として養子に迎え可愛がっていたとも伝わっています。
一方、道三ですが、1554(天文23)年に家督を嫡男・義龍に譲り隠居し、出家して道三と名乗るようになります。
しかし、道三は側室の子である義龍を嫌っていて、正室の子(濃姫の実弟)である2人の弟を偏愛していたため、いずれ義龍を廃嫡して後を継がせようと考え始めます。
これを知った義龍は、仮病を使い弟たちを殺害し道三に対し挙兵。そして1556(弘治2)年、道三は長良川の戦いで義龍に討ち取られました。
