悪逆非道のイメージが強い古代日本の大物政治家・蘇我馬子(そがのうまこ)の活躍と実績 (2/4ページ)
その排除の手段というのが、馬子が建立に関わった寺を焼いて仏像を破棄するというもので、事あるごとに守屋と馬子は対立していたようです。
馬子はと言えば、当時の世界の最先端の学問だった仏教を日本に広めたいと思っていたのです。
屍を踏み越えて
さて、ちょうどその頃に即位していた用明天皇は仏教を受容しようとしていたので、守屋は権力を握るために穴穂部皇子を立てて次の天皇として即位させようと目論みます。
これがきっかけで守屋と馬子は武力衝突し、馬子は穴穂部皇子を殺害。守屋も戦いで討たれ、蘇我陣営の勝利となりました。
その後、馬子の甥にあたる崇峻天皇が即位しますが、実際には馬子が全ての権力を握っており、天皇は不満を抱きます。こうして二人の仲は険悪になり、結局彼も馬子によって暗殺されました。