悪逆非道のイメージが強い古代日本の大物政治家・蘇我馬子(そがのうまこ)の活躍と実績 (3/4ページ)
崇峻天皇の崩御により、日本初の女性天皇である推古天皇が即位します。
彼女のもとで、馬子は聖徳太子(厩戸皇子)と協力して、天皇を中心とする国づくりを進めていきました。
聖徳太子から見て馬子は大おじにあたります。また、彼の妻は馬子の娘だったので、婿と舅の関係でもありました。
政治家としての手腕この頃の馬子は政治の補佐役に徹していました。教科書では聖徳太子が成立させたと言われている十七条の憲法や冠位十二階の制定も、実際には馬子の存在が不可欠だったと言われています。
聖徳太子が逝去すると、馬子はまたしても政治の実権を握ります。
しかしその後わずか4年で馬子も倒れ、彼の大志は孫の蘇我入鹿などに引き継がれてゆくことになります。
馬子は仏教を広めることに注力していました。