稀有な義理堅さが仇となった名将。賤ヶ岳の七本槍の一人・福島正則の生涯をたどる (5/5ページ)
長野県高山村の高井寺にある、改易後の福島正則住居跡(Wikipediaより)
また彼の死後、福島家の家臣が、幕府の検使が到着する前に正則の遺体を火葬してしまったことから、福島家は残りの2万石も没収されてしまいます。
後を継いだ正利は3千石の旗本の身分になり、大名の座も失っています。その後は再興して幕末まで2千石の旗本として存続しました。
こうして見ていくと、福島正則という武将は、裏切りも当たり前の戦国時代では稀有なほど義理堅い人物でした。しかしその愚直さゆえに新しい時代に自らの態度をあわせていくことができず、新しい時代にそぐわないまま亡くなったと言えるでしょう。
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