鎌倉幕府三代執権・北条泰時の菩提寺から、五代執権・北条時頼の廟所のある「明月院」へ (3/5ページ)
かつては、この「六国見山」から「安房」「上総」「下総」「武蔵」「相模」「伊豆」の六つの国を一望できたことからその名が付けられました。ちょっとした広場のようになっているところもあるので、かつてはそこに多くの人が集うことも出来たでしょう。
ここから、北鎌倉方面に下っていきます。
山頂からの尾根道には「稚児の墓(稚児墓、稚児塚)」と呼ばれる宝篋印塔(ほうきょういんとう)がありますが、この石塔は、由比の長者「染谷時忠」の娘のものともいわれています。
この石塔には、悲しい伝説が残されています。
昔、由比ヶ浜に染谷太郎太夫時忠という長者の大きな屋敷がありました。



