戦国大名・徳川家康が旗印に用いたスローガン「厭離穢土欣求浄土(おんりえど ごんぐじょうど)」とは?【どうする家康】 (2/3ページ)
戦国大名が戦場に掲げるスローガンとしてはいささか物足りない(何なら味方の士気を下げかねない)気もしますが、どういう意図があるのでしょうか。
登誉天室(登誉上人)が贈った言葉時は永禄3年(1560年)、桶狭間の合戦で主君・今川義元(いまがわ よしもと)を喪った家康は将来を絶望。
もはやこれまでと菩提寺の三河国大樹寺(愛知県岡崎市)へ駆け込み、先祖代々の墓前で自刃を図りました。
それを引き止めたのが住職の登誉天室(とうよ てんしつ)。
「厭離穢土欣求浄土という教えがありますが、これは穢土から浄土へ逃げ込めと言っているのではなく、今いる穢土を浄土に変えるべく闘えと言うことです」
つまり穢土を厭うて自ら離れる(世を去る)のではなく、土の穢れを祓い清めるべしという不動の姿勢を説いたものです。
誰もが欲望のために戦争を繰り広げた結果、世は乱れ日本国土が穢れきっている。それを終わらせるためにこそ、勇気を出して生き抜き闘うのだ……そんな登誉天室の言葉に奮い立った家康は、以来「厭離穢土欣求浄土」の言葉を旗印に立てて数々の戦いに身を投じたのでした。