大河ドラマではまさかの割愛?!竹千代(松平元康)の誕生&母との別れ【どうする家康】 (3/4ページ)
このまま幸せな日々が続けばよかったのですが、そうは問屋が卸しませんでした。
わずか3歳で母と生き別れ
竹千代少年像。母がいなくて寂しくても、松平家を背負うため気丈に振る舞う(イメージ)
こヽに御母北方の御父水野忠政卒して後。その子下野守信元は今川方を背き織田がたにくみせられぬ。 広忠卿聞給ひ。昔今川の興国たるとは人もみなしる所なり。然るに今織田方に内通する信元が縁に結ぼふるべきにあらずとて。北方を水野が家に送りかへさるヽに定まりぬ。これは 竹千代君三の御歳なり。御母子の御わかれをおしみ給ふ御心のうちいかばかりなりけむ。
※『東照宮御實紀』巻一「天文十三年広忠離別水野氏」
「何、下野殿が?」
時は流れて竹千代が3歳になった天文13年(1545年)。舅の水野忠政(みずの ただまさ)が亡くなると、水野家を継いだ水野下野守信元(演:寺島進)が宗主の今川義元(演:野村萬斎)を裏切り、織田信秀(演:藤岡弘、)に寝返ります。
当時の松平家は東に今川、西に織田と挟まれており、今川の後ろ盾をもってどうにか領国を保っている状態でした。
「松平家の今あるは、今川殿のお陰に他ならぬ。織田方に内通した下野殿と縁を切らねば、わしまで謀叛を疑われてしまう」
そこで広忠は於大の方を離縁して水野家に送り返すことに決定しました。
「母上!」
「竹千代……」
まだ3歳(満年齢で1~2歳)という幼さで母親と生き別れた竹千代。その悲しみは察するに余りあるもの。