謎だらけの古代日本。在野研究者が考える「史料」との向き合い方 (2/5ページ)

新刊JP

そして、自室に引きこもり、恋愛小説を一つ、最高傑作を書いてから死のうと思っていました。

恋とはなにか、愛とはなにか、人間とはなにか、考えながら私小説の世界から脱出し始め、自己の井戸の底から世界を見る目を回転し、世界から自分を見、世界の外から世界を見る術を学ばなければならないと悟ります。そこで当時出会ったのが高群逸枝の『恋愛論』『日本婚姻史』といった書であり、そこからエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』、モルガンの『古代社会』といった基本的文献です。これらを通して、世界は遥か悠久の彼方から、想像を絶する転変を重ねて現代に連なっていることを改めて認識しました。

そして、人間とは何かという哲学上の根本問題すら、人類起源史・家族制度史を自然科学的、社会科学的にさらい直すことによって解くことができるに違いないと悟りました。「人間とは何か」という問題とともに、愛とはなにか、恋とはなにか、という問題についても、当然のことながら、同じ地平で解かれるべき問題だと思ったのです。では、その原始共同体社会とはどんな社会であったのか。小説を放り出して、人類史と日本古代史学へ、踵を転じました。そこで私は、死ぬのを少し先に延ばそうと考えたのです。

――それが牧尾さんを日本古代史学へと向かわせたきっかけだったのですね。

牧尾:そうです。以後、人類史を常に射程に入れながら、日本古代史を研究することとなり、「古事記」の研究、「日本書紀」の研究、「続日本紀」の研究などに入り込むこととなりました。

ただ、次第に古代史学に専念する限り、文筆業で身を立てる可能性はいよいよ消滅してきたと感じます。商業ベースに乗るようなものはとうてい書けないであろうと何となくわかってきたのです。

山形大学文学部で川副武胤先生の「古事記」に関する特別講義の聴講生半年を終えた後、人類史を本格的に研究するのに大脳生理学が役にたつはずとの考えと、その習得と将来の生活の自立を求める考えとから18歳の初心に立ち返る決意を固めて、医学部に入ることにしました。丸1年受験勉強に専念しました。他郷での下宿などは経済的に無理でしたので、自宅から通える医学部として東北大学医学部に入りました。

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