謎だらけの古代日本。在野研究者が考える「史料」との向き合い方 (3/5ページ)

新刊JP

1988年、41歳のときです。

1995年には東北大学病院精神科に入局し、医師免許を得て、研修医となりました。2016年に総院長を務めていた病院を退職し、その後は妻の介護をしながら日本古代史研究に専念しています。

――牧尾さんは以前から「古事記」や「日本書紀」についての著作を出されています。そうした「古事記」「日本書紀」に対して、どのようなテーマ、問題意識を持って思案を巡らせてきたのでしょうか。

牧尾:基本的には人類起源史を見据えつつ、史料の虚構を暴く観点を堅持して今に至っています。

「古事記」については、上古の天孫・天皇系譜を初めて虚構した書物として、そして古代史の真実を暴くための証拠を秘める書物として、極めて貴重な史料であろうと考えています。

最初の拙著『古事記の解析』では、古代の日本土着民族、いわゆる日の神族が、継体天皇以後、次第に大和に復権し、その心・詞を体現する書物として書き上げたものが「古事記」であろうと考え、無分別にも大いに「古事記」を敬仰していました。しかし、今では壬申乱前後史を生きた、特殊な才能を持った人物が天武10年紀以前までに、分注を含めてほぼ全体を書き上げたものであろうと考えています。そして、その「特殊な才能を持った人物」は稗田阿礼ではないかと考えているのです。

また、寓意文字を知り、それら寓意文字の数々が構築する寓意の構造を読み解くことで、「古事記」の虚実を弁別するという観点が極めて重要であろうという認識を持っています。更に言えば、この観点を抜きにして「古事記」の研究は有りえないとすら考えています。
「古事記」の寓意の構造は、壬申乱前後史を生きた作者が壬申乱前後史を念頭に置きながら寓意を構築していますので、古事記の寓意の構造論の研究は壬申乱前後史の研究と表裏をなすものと言えます。

「日本書紀」については、これが「古事記」を敵視しつつ編まれたことはまちがいないのですが、この「日本書紀」を史料として用いる場合には、「日本書紀」が成立した当時の奈良時代初めにおける朝廷内派閥抗争史を認識しておくことは極めて重要です。

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