「どうする家康」ついに今川を見限った元康。駿府の瀬名たちはどうなる?第3回放送「三河平定戦」振り返り (4/8ページ)

Japaaan

三河武士の意地を見せつけるべく奮戦する中、こと忠真の武勇は凄まじく、一日に六度も敵の軍勢を突き崩しました。

「本多殿、無理をなさるな!」

七度目の突撃で重傷を負ってしまった忠真はやむなく引き上げましたが、敵は恐れて追って来ませんでした。

これを本多忠真「六度半の槍」と呼んで敵味方ともに賞賛の声が贈られたそうです。

本多忠勝、まさかの討死?

しかし武運拙く松平勢は惨敗。大河ドラマでは刈谷城を攻めている最中、織田の軍勢に背後を衝かれて総崩れとなった様子が描かれていました。

「背中に気をつけろよ?甥っ子……」

うーん。流石にこの展開はあり得ないのではないでしょうか。籠城戦というのは外部からの援軍(これを後詰-ごづめ、と言います)が来るまで持ちこたえ、城の内外から挟み撃ちにするのがセオリーです。

もしもし、背中がガラ空きですぞ!(イメージ)

目の前の城を攻めることばかり夢中になって、後方に見張りすら置かない(接近するまで気づかない)というのは、いくら何でも不覚悟が過ぎます。

百歩譲って元康が不覚悟であったとしても、従軍経験のあろう松平家臣団の誰もそれに気づかぬはずはありません。

そして織田と聞いただけでガクブルうろたえてしまう元康。トラウマにも程があるというものです。

「坂部又三郎正彦……行方知れず。日影村、甚三郎……討死。長澤惣四郎……討死。

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