古代史の在野研究者が推察する「大和朝廷の成立と邪馬台国の関係」 (2/4ページ)

新刊JP

「邪馬台国連合」とは、先に述べた「邪馬台国連邦」24か国に、それぞれ独自の王を持つ狗邪韓國・対馬国・一支国・末盧国・伊都国の5か国を併せた29か国です。
「魏志倭人伝」の史料批判を適切に行って、これを正しく読み解けば、邪馬台国は大和にあった国であり、卑弥呼を共立した「女王国」とは邪馬台国を含む24か国(邪馬台国連邦)の総称であることが分かります。

――「邪馬台国」と「女王国」とが指すものはそれぞれ異なるということですね。

牧尾:そうです。「魏志倭人伝」は、「邪馬台国」と「女王国」とを異なる用語として厳密に使い分けています。女王国イコール邪馬台国ではありません。

邪馬台国は女王卑弥呼が都する国であり、女王国=邪馬台国連邦に属する国々は卑弥呼を共通の王とする国々ですが、この他、狗邪韓国・対馬国・一支国・末盧国・伊都国の5か国には皆、王があり、女王国に統属しているというので、拙著では、女王国にこの5か国を併せた29か国を「邪馬台国連合」と呼んでいます。

倭国大乱後、帥升王統は邪馬台国連合の周辺域へ押し込められます。これが女王と素より不和であった「狗奴国」(クヌ=国主の国)です。その狗奴国の中心の一つが出雲国です。出雲国が狗奴国の中心地であったとの認識は重要です。これは「魏志倭人伝」、「後漢書」倭伝の史料批判を正しく行えば分かることです。ただし、狗奴国は、単に出雲国だけではなく、邪馬台国連合の周辺域各地にも広がっています。

ともあれ、これら周辺域へと押し込められた「狗奴国連合」は、後進的な国の多い「邪馬台国連邦」に比べれば、先進的な文明を携えた国です。吉野ヶ里を邪馬台国であろうとする議論がありますが、これは誤りであると考えられます。方角を正しながら「魏志倭人伝」を読み解くことで示される邪馬台国の位置とはかけ離れています。

2度目に土着社会を侵略するのが、この狗奴国と連携した天皇祖族です。

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