【ネタバレ注意】孤独と狂気にさいなまれる今川氏真。その後どうなる?【どうする家康】 (3/4ページ)

Japaaan


その後、掛川城を(元康改め)家康に攻め落とされ、舅の北条氏康(ほうじょう うじやす)の元へ身を寄せる。

「おぉ、婿殿。何とおいたわしい……」

しばらく北条家の世話になっていた氏真ですが、どういう訳か居心地が悪くなったようで(武田の圧力があった模様)、元亀元年(1570年)12月に浜松へ逃げ込みました。

……元亀元年十二月また浜松にのがれ来りて、東照宮を頼みたてまつりしかば、その流落を憐みたまひ、懇に御撫育あり……

※『寛政重脩諸家譜』巻第九十四 清和源氏(義家流)今川

浜松の主は我らが?家康。かつて大変お世話になった義元の子が、自業自得とは言えこんな哀れな姿になっては、いくら何でも見捨てられません。

(大河ドラマでは元康の愛妻・瀬名にあんなことやこんなことをしていましたが、実際にはしていないのでセーフです)

『集外三十六歌仙』より、今川氏真

やがて近江国野洲郡(滋賀県野洲市一帯)に移り住み、生活費として旧領のうち500石を与えられた氏真は、慶長19年(1614年)12月28日に77歳で亡くなりました。

……そののち近江国野洲郡のうちにして、舊地五百石をたまひ、慶長十九年十二月二十八日卒す。年七十七。

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