NHK大河『どうする家康』でも話題!今川義元の軍師で戦国最強の僧侶「黒衣の宰相」太原雪斎の軍略知謀 (4/4ページ)
とはいえ、同盟の実現で甲斐、相模との外交関係が安定し、こうして義元は西の三河、尾張方面の攻略に専念することができた。
結果、彼は松平元康(後の徳川家康)を人質に取って三河を支配した。
なお、雪斎が駿府で人質となった家康の教育係を務めたとされてきたが、今ではその話も否定されている。
軍師としてはもちろん、禅僧としても一流で、京の臨済宗の名刹妙心寺の第三五世まで昇り詰め、弘治元年(1555)閏一〇月一〇月、六〇歳で没した。
跡部蛮(あとべ・ばん)1960年、大阪府生まれ。歴史作家、歴史研究家。佛教大学大学院博士後期課程修了。戦国時代を中心に日本史の幅広い時代をテーマに著述活動、講演活動を行う。主な著作に『信長は光秀に「本能寺で家康を討て!」と命じていた』『信長、秀吉、家康「捏造された歴史」』『明智光秀は二人いた!』(いずれも双葉社)などがある。