NHK大河『どうする家康』でも話題!今川義元の軍師で戦国最強の僧侶「黒衣の宰相」太原雪斎の軍略知謀 (1/4ページ)
NHK大河ドラマ『どうする家康』の初回放送は、織田信長が今川義元の大軍を破った桶狭間の合戦(愛知県豊明市、名古屋市)からスタートした。
その合戦で義元が討ち死したことを伝える『甲陽軍鑑』の記事に、「山本勘助は先年より、駿河今河(川)家の備えが危ういと、ここ数年たびたび申していたが、その通りになった」とある。
ここ数年というのは、今川義元の軍師・太原雪斎が亡くなって以降の五年間のこと。つまり、武田信玄の軍師・山本勘助は、雪斎の死去後、今川の備え(作戦)が危うくなったと、たびたび指摘していたというのだ。そこからは、雪斎さえ生きていれば義元は負けずに済んだというニュアンスが感じられる。『甲陽軍鑑』は江戸時代初めの軍記物語のため、史実性は乏しいといわれるが、以上のことから、その筆者は雪斎の手腕を買っていたと考えられる。
雪斎は歴史雑誌『歴史人』124号の「軍師ランキング」で、豊臣秀吉の軍師・黒田官兵衛に次ぐ2位に輝いた実力者。いったい彼は、どんな智謀を巡らせたのだろうか。
雪斎は今川家の家臣・庵原氏出身。明応五年(1496)生まれだから、永正一六年(1519)生まれの義元より二三歳年長になる。