分相応が一番!本多正信が徳川家康にお願いした“ある事”とは?【どうする家康】 (3/3ページ)

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失意の正純(イメージ)

日だまりを 恋しと思う うめもどき 日陰の赤を 見る人もなく
※正純の辞世(陽も当たらない部屋に軟禁されていたとか)

【意訳】誰にも顧みられない日陰で咲く梅擬(うめもどき)の花は、どれほど陽の光を恋しく思うだろうか。

最期は幽閉同然にして世を去った正純(その息子・本多正勝は父に先立って死去)。時に寛永14年(1637年)3月10日、今際の床で父の遺言を思い出したのでしょうか。

身に余る財産はかえって身を亡ぼす。目先の欲にとらわれず、自分や子らの器量をよく見極めた正信の慧眼が光るエピソードでした。

※参考文献:

煎本増夫 編『徳川家康家臣団の事典』東京堂出版、2015年1月 藤野保『徳川幕閣』中公新書、1965年12月

トップ画像: NHK大河ドラマ『どうする家康』公式ページより

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