織田信長もお気に入り!「長篠のヒゲ」こと豪傑・大久保忠佐の武勇伝【どうする家康】 (4/4ページ)

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「徳川二十将図」より、大久保次右衛門忠佐。伝狩野永納筆

しかし跡継ぎには恵まれず、二人の男児(竹丸、大久保忠兼)は相次いで夭折。このままでは無嗣改易(むしかいえき。跡継ぎがいないため御家断絶・所領没収)は免れません。

「頼む彦左衛門。そなたに跡を継いで欲しいのじゃが……」

忠佐は弟の彦左衛門(ひこざゑもん)こと大久保忠教(ただたか)に家を継いでくれるよう頼みましたが、彦左衛門はこれを辞退。

「それがしの奉公によらずして過分の禄を得るのは不忠というもの。そもそも禄は天下のものすなわち上様のものなれば、惜しまず返上するのが道理でしょう」

「この頑固者め!」

けっきょく跡継ぎがいないまま慶長18年(1613年)9月27日に忠佐は世を去り、沼津2万石は召し上げられてしまったのでした。

果たしてNHK大河ドラマ「どうする家康」には登場してくれるのでしょうか。見込みは薄そうですが、ワンチャン楽しみにしています。

※参考文献:

『寛政重脩諸家譜 第四輯』国立国会図書館デジタルコレクション 『日本戦史材料 第貮巻 三河物語 全』国立国会図書館デジタルコレクション 谷口克広『信長と家康 清州同盟の実体』学研プラス、2012年1月 小川雄ら編著『図説 徳川家康と家臣団』戎光祥出版、2022年10月

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