少年時代は知ってるけど…二宮金次郎(金治郎)こと二宮尊徳って何をした人なの? (3/4ページ)
すっかり荒れ果てた我が家を修繕して田畑を買い戻し、また小作(田畑を貸し与えて収穫の一部を徴収するシステム)に出すなど収入減を確保します。
こうして生家を見事によみがえらせた金次郎は地主として農園経営を行うかたわら、自分は小田原に出て武家で奉公。小田原藩士の岩瀬佐兵衛(いわせ さへゑ)、槙島総右衛門(まきしま そうゑもん)らに仕えました。
財政再建のプロフェッショナルとして
金次郎のすぐれた経営センスは小田原藩中でも評判だったようで、家老の服部十郎兵衛(はっとり じゅうろうべゑ)が家計の再建を金次郎に依頼しています。
5ヶ年計画でみごとに1,000両(約3,000万~5,000万円)の負債を完済、更には300両もの蓄財に成功し、頭角を現しました。
その後も藩主・大久保忠真(おおくぼ ただざね)に対して積極的に提言を行い、年貢米の升(ます)を統一。他にも困窮する藩士のために独自の金融システム五常講(ごじょうこう)を実現します。
五常講とは藩士の連帯保証による貸金制度で、藩士一人あたり一両の貸金枠を、百人で連帯保証するのです(財源の100両は、藩の公金から拠出。実際には、これが三組ありました)。
一人1両、無利息無担保で百日間借りられます。期限に遅れても罰せられたり担保を奪われたりはしませんが、返済するまで他の者は借りられません。
だから他の者に迷惑がかからないよう、みんな期限内の返済を心がけるようになりました。
余裕のある者が、困窮した者にお金を譲ること、これが仁(じん)。お金を借りた者はきちんと返すこと、これが義(ぎ)。