「どうする家康」何やかんやで金ヶ崎。家康を狙う女装美少年の刃…第15回放送「姉川でどうする!」振り返り (3/11ページ)

Japaaan

浅井方は磯野丹波守秀昌先手として織田先陣十一段まで切崩す。長政も馬廻をはげましてかゝりければ。信長の手のものもいよゝゝさはぎ乱て旗本もいろめきだちぬ。   君はるかにこの機を御覧ありて。織田殿の旗色みだれて見ゆるなり。旗本より備を崩してかゝれと下知したまへば。本多平八郎忠勝をはじめ。ものもいはず馬上に鎗を引提て浅井が大軍の中へおめいてかゝる。ほこりたる浅井勢も   徳川勢に横をうたれふせぎ兼てしどろになる。織田方是にいろを直してかへしあわせければ。浅井勢もともに敗走してけるも。またく   徳川殿の武威によるところなりとて。今日大功不可勝言也。先代無比倫。後世雖争雄。可謂当家綱紀。武門棟梁也との感書にそへて。長光の刀その外さまゞゝの重器を進らせらる。(これを姉川の戦とて御一代大戦の一なり。)……

※『東照宮御実紀』巻二 永禄十二年-元亀元年「姉川戦(大戦之一)」

時は元亀元年(1570年)6月28日、織田・徳川と朝倉・浅井は姉川をはさんで対峙しました。

家康は援軍3,000を率いて浅井と戦う段取りをしていましたが、信長より急遽「やっぱり朝倉に当たってくれ」と陣替(じんがえ)を要請してきます。

どうやら信長は当初「朝倉の方がチョロそうだから、自分がこっちを担当して、家康は浅井とやってもらうか」と思っていたのですが、いざ来てみると朝倉勢はざっと15,000。

それで慌てて「やっぱりチェンジして」と言ってきたのです。これを聞いて徳川家臣団は冗談じゃないと怒り出しました。

しかしそこは「我らが神の君」、家臣たちを「大軍を相手に戦ってこそ、武士の誉れではないか」となだめて、陣替に応じたのです。

さぁ合戦が始まりました。徳川勢は5倍の敵も恐れず突き進み、織田勢も8,000の浅井勢と槍を交えます(織田の兵数は不明ながら、朝倉>織田>浅井と考えれば約10,000と推定)。

酒井忠次(演:大森南朋)や本多忠勝(演:山田祐貴)らの奮戦によって朝倉勢を蹴散らし、北陸の豪傑・真柄直隆(まがら なおたか。十郎左衛門)を討ち取るなど大戦果を上げました。

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