「嫌いなものは嫌いなまま凍結してもいい」津村記久子さんインタビュー(2) (3/4ページ)

新刊JP

取材に来られる人の中には「レッチリが嫌いな登場人物がいる小説」という覚え方をしている人もいます。1990年前後のレッチリってすごい人気で批判することが許されない雰囲気があったんですけど、それでも嫌いなものは嫌いというのは、独立心の強い理佐のキャラクターと合っているなと私も思います。私は普通に好きですよ。

――理佐については親と折り合いが悪かったわけですが、時間の経過とともに「嫌さ」のレベルが下がってきた印象があります。「許せないこと」と「時間の経過」についてお考えをお聞きしたいです。

津村:嫌なものは嫌でいいと思うし、嫌いな親は嫌いでいいと思います。年齢を重ねることで「あの時、親はこんな気持ちだったのかな」と理解できるようにはなるのですが、だからといって嫌いだったものが好きになるわけではないですし、嫌なまま凍結していてもいいんだってことは気を配って書きました。だから理佐が親と和解するような場面は書いていません。

――小説のアイデアはどんな時に生まれることが多いですか?

津村:どんな時にアイデアを思いつくかわからないので、常に携帯のメモのファイルは開きやすくしています。私の場合は大体の思いつきはろくでもないものですが、そんな思いつきから小説を書くこともあります。

今回の小説も「水車」と「ヨウム」という脈絡のないキーワードから始まったのですが、それでもずっと考え続けていたら何とかお話になりました。

――「ろくでもないアイデア」とはどのようなものなんですか?

津村:最近一番変だったのは人間が大嫌いだけど温泉が好きな宇宙人がいたらどうなるかな、という思いつきです。彼は人間が大嫌いだけどお風呂は大好きだから宇宙でお風呂ビジネスを始める、というどう考えてもバカバカしいやつです。

あとは浮遊霊になりたいおじさんがいたとしたらどうだろう、とかですかね。浮遊霊とか地縛霊とか背後霊とかいろいろあるけど、自分なら浮遊霊がいいな、と。そういう本当にくだらないアイデアから小説ができていったりもします。

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