織田信長が茶の湯を学んだ天下三宗匠の一人・今井宗久とは何者?【どうする家康】 (3/3ページ)

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●兼員

彦八郎 彦右衛門 號宗久 大蔵卿法印 今の呈譜に久秀につくる。

織田右府につかへ、摂津国住吉郡のうちにをいて二千二百石の采地をあたへられ和泉国堺に住す。のち舅武野紹鴎が家財をよび茶器の類ことゞゝく譲うけ、剃髪してもつぱら茶事を嗜み、霊陽院義昭にこのことを傳へまいらす。このとき法印に叙せられ、大蔵卿と称し、そののち東照宮の恩遇をかうぶり、御茶の席に候し、或は御書をたまふ。

※『寛政重脩諸家譜』巻第二百二十四 清和源氏(義光流)今井

上は江戸時代後期に編纂された系図集『寛政重脩諸家譜』の記述ですが、秀吉政権時代から徳川家康に仕えていたと記されています。

これは子孫たちが「当家は祖先・宗久の時代から徳川将軍家と親しかったのだ」と権威づけを図ったのでしょうか。あるいは秀吉に(信長時代と比較して)冷遇されて面白くない宗久が、じっさいに家康と親しくしたのかも知れませんね。

果たしてNHK大河ドラマ「どうする家康」に今井宗久は登場するのか、どんな活躍がアレンジされるのか、今から楽しみにしています。

※参考文献:

『寛政重脩諸家譜 第二輯』国立国会図書館デジタルコレクション 柴辻俊六『戎光祥研究叢書10 織田政権の形成と地域支配』戎光祥出版、2016年10月

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