邪道と呼ばれた日もあった。日本に「クレープ文化」が根付くまでの歴史を辿る (2/4ページ)

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こうした経緯を経て、さらにガレットの生地がそば粉から小麦粉へ変わり、粉と水と塩のみで構成されていた生地に牛乳やバター、卵、砂糖などが加えられるようになりました。

そして料理の名称も、焼いた際の様子が縮れた髪を連想させることから、ラテン語で縮れ毛を表す「クリスプス(crispus)」と呼ばれるようになり、これがクレープになったのです。

日本の「二大クレープショップ」の登場

さて、フランスではこのようにかなり昔からガレットあるいはクレープとして知られていたレシピですが、日本で食べられるようになったのは比較的最近のことです。

1976年、日本に最初のクレープ専門店をオープンさせ、いわばクレープ文化とでも言えるものの土台を築いたのは、皆さんもご存じのマリオンクレープです。

1977年に原宿の竹下通りに店舗がオープンすると、クレープ片手に原宿でショッピングすることが若者たちのトレンドとなり、それまで一般的な食べ物ではなかったこの洋菓子が一気に広まったのです。

マリオンクレープでは、最初の店舗がオープンした時点で、すでに「紙で巻いて気軽に食べ歩きできる」現在のスタイルが確立されていました。

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